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『国士』 - 日本の将来を見据えたビジネスビジョンの構築へ

2020年がスタートしました。「今年こそは、これをしよう」「あれを試してみよう」「これをめざそう」と、新しいことに取り組む方もおられるのではないでしょうか。そこで、今回は、「新生」、つまり新らたなことを追求するときに参考にできる二つの作品を紹介したいと思います。一つ目は、これまでとは異なった発想で物事に取り組み、新機軸を生み出すという「逆転の発想」の考え方。もうひとつは、古い伝統的なものを今日的な感覚で見直すことで新たな価値を創造するという「温故知新」の考え方です。

「新生」を扱った作品の第一弾は、楡周平『国士』(祥伝社、2017年)。日本一のカレー専門店チェーンのかじ取りをめぐる物語です。「国士」というタイトルに込められているように、「国の繁栄にもつながるべき」という会社の社会的使命を問い直し、日本の未来につながるビジネスビジョンのあり方が追求されています。著者の楡周平さんが、『プラチナタウン』や『和僑』で提起された問題を継承し、「会社の繁栄」と「国民の暮らし」をこれ以上乖離させないようにするにはなにが不可欠なのかが問いかけられています。

 

[おもしろさ] 大転換-「これまで」から「これから」へ

コストを削減して利益率を向上させるというのが、これまでのビジネスの手法。この本が提示しているのは、そうしたやり方はたとえ個々の経営としては正しいとしても、果たしてそれが人を、世の中を幸せにすることにつながるのかという問題提起にほかなりません。「会社の業績のためならば、不要になった部門を切り捨てる。リストラも厭わない。人件費を一定に抑えるために正社員は雇わずに、時給制の非正規雇用者を雇う。これは全て経営的見地からすれば、極めて真っ当な判断ですし、事実多くの企業ですでに当たり前のこととして行われていることです」。しかし、その結果、生産拠点の海外への移転、非正規社員の急増、農業・畜産業の低迷、地方の過疎化、中小企業の苦境が生じているのです。このまま進めば、日本という国の将来も危ういものになるのではないでしょうか。それに対して、本書では、一次産業の「六次産業化」(農畜産物の生産のみならず、その加工と販売までも行うやり方)を図ることで安定収入をもたらし、疲弊する地方を救い、安定した雇用を創出し、社会に貢献できるビジネスビジョンが登場します。国内のコメ・野菜・肉・魚を使った冷凍食品を開発し、総合商社の力を活用しながら、それを世界中のスーパーに流通させる……。「数字の達成に追われ、国の将来などついぞ考えたこともない」経営者や会社員にとっての、新年の清涼剤になることを期待したいですね。

 

[あらすじ] カレー専門店の飛躍に向けての試みとその苦しみ

カレー専門店チェーン「イカリ屋」の創業者・篠原悟は、加盟店と一致団結してチェーンを日本一の規模に発展させた人物。とはいえ、人口減少を迎えた国内の需要だけでは成長が見込めず、アメリカへの進出を目論むことになります。そんな折、『プラチナタウン』で登場した緑原町の前町長の山崎鉄郎が運営する「ミドリハラ・フーズ・インターナショナル」(MFI)のビジネスに感銘します。イカリ屋の食材はすべて輸入品。直接国内の生産者から仕入れたものではありません。それに対し、MFIは、緑原町と周辺地域で生産される野菜や肉を加工し、海外に輸出するという経営を行っていたのです。しかし、アメリカの事情にも疎く、高齢の篠原は、経営の第一線から身を引き、プロ経営者の相葉譲に託すことにします。ところが、コンビニやハンガーチェーンを立て直したという「実績」を持っていたはずの相葉の考え方は「利益至上主義」に徹するものでした。やがて「イカリ屋」の存続を揺るがす大混乱が引き起こされることになります。

 

国士

国士

  • 作者:楡 周平
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2017/08/08
  • メディア: 単行本