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『キネマの神様』 - 映画館にいるその神様は人間の喜ぶ姿を観ている!

「映画大好き人間を扱った作品」の第三弾は、原田マハ『キネマの神様』(文春文庫、2011年)。老舗の映画雑誌が運営する「キネマの神様」というタイトルのブログを舞台に繰り広げられる、「映画大好き人間」の父と娘、同社のスタッフたちによる心温かる物語。映画が好きな人にはたまらないコンテンツのオンパレードです。2021年公開予定の山田洋次監督の映画『キネマの神様』(主演:菅田将暉さん、出演:沢田研二さん)の原作本。

 

[おもしろさ] 読む人を魅了する評論とは、いかなるものか? 

老舗の映画評論誌にとっての社運を賭けた挑戦。それは、「素人丸出しの映画の感想文」を軸にブログをリニューアルすることでした。が、その反響は、予想をはるかに越えたものとなりました。なにしろ、書き手は根っからの「映画大好き人間」。その人が綴る映画に対する評論には、「人の心に響く」ものがあったのです。この本の魅力はずばり、「読む人を魅了する評論とは、いかなるものか?」と、映画評論の核心に迫っている点にあります。

 

[あらすじ] ブログが引き起こす激風! 

79歳の円山郷直と妻は、都心のマンションの管理人室で暮らしています。郷直は、若い頃からの「ギャンブル依存症」。しかし、子どもの頃から、毎日映画館に通い、いまでも「テアトル銀幕」という名前の名画座には足繁く通っている「映画大好き人間」でした。「映画館にはキネマの神様がいる。この神様は、捧げられた映画を喜ぶというよりも、映画を観て人間が喜ぶのをなによりも楽しんでおられる」と信じている郷直。そんな彼が軽い心筋梗塞で入院することに。一方、娘の円山歩(39歳)は、国内有数の再開発企業(デベロッパー)である東京総合開発会社に勤務。シネマコンプレックスを中心とした文化・娯楽施設担当課長として働いていたのが、身に覚えのない噂によって、17年間務めた同社を辞めます。父の入院中、管理人室に詰めて、業務を手伝ったときに見たのが管理人日誌。17年間分、200冊以上の代物でした。それは、実際には父の「映画日誌」でした。大学時代に映画評論をかじった歩にしてみれば、「批評と呼ぶにはあまりにも稚拙なものだった。そのくせ、止められなくなった。いつしか夢中になって読んだ」のです。ある日、父が50年の歴史を誇る映画雑誌の超老舗『映友』に歩の書いた評論を投稿したことがきっかけとなり、歩は編集部に「映画ライター」として採用されることになります。そして、編集長の高峰好子から、会社のブログのリニューアルを託されることに。その運営に大きな役割を果たしているのが、社員の新村穣と、編集長の息子・高峰興太(15年も引きこもりをしているが、ネットに精通したシステムの達人)でした。この興太が興味を持ったのが、歩の父親の文章だったのです。こうして、長年、郷直が書き綴っていた映画感想ノートをベースに、『キネマの神様』というタイトルのブログが始まることに。そこには、郷直と歩、父と娘のキネマの神様に対する「祈り」が! やがて、そのブログは英語にも翻訳され、映画批評の世界に激風を呼び起こすことになるのです。

 

キネマの神様 (文春文庫)

キネマの神様 (文春文庫)