2021年2月10日、私が解説を書かせていただいた楡周平さんの『TEN』(上下巻、小学館文庫)が上梓されました。本書は、横浜のドヤ街で育った中卒の主人公・小柴俊太が、料亭の下足番を経て、一流ホテルに就職し、社長の右腕として実力を発揮するという一大サクセスストーリー。ただ、そうは言っても、サクセスストーリーにありがちな「スーパーマン」的な人間の立身出世物語ではありません。動物の貂(てん)に似ていることで、「テン」という綽名を有する俊太は、度胸はあるものの、いつも凡人的な悩みを抱え続けています。しかし、人を思いやる気持ちは強く、一歩身を引いて相手と接する謙虚さを持ち合わせています。そもそも、彼には、出世したいという野心など、一度も抱いたことがなかったのです。チャンスをくれた社長の恩に報いたいという一心で懸命に走り続けただけなのです。
この本の一番の魅力は、手に汗握る場面の連続というストーリー展開のおもしろさです。ほかにも、①戦後における時代の流れを楽しめること、②高度成長期におけるホテル業界の大きな変化と最前線でそのプロセスに身を投じたホテルマンたちの苦労と喜びに触れられること、③仕事のノウハウ・真髄を学べること、④「嫉妬」という形であらわれる人間の哀しい本性と向き合えることなど、魅力満載なのです。
下巻の帯に記載されているように、「激しくて、刺戟的で、そして、痛快さとともに、哀しさも感じさせてくれる一冊」です。作品の鑑賞の一環として、私の解説についても御目通しをいただければ幸いです。